まだ衝動で消耗しているの?~ギャンブル脳と会話する変な人~

ギャンブル依存症のあんどれです。依存症と向き合っているうちに脳の声が聞こえるようになってきました。

「めんどくさい」にぼろ負け

お久しぶりです。こんにちは、前回の記事から何日間更新をサボったか数えるのもめんどくさいですが、「まぁそこそこ」サボったはずです。あんどれです

 

「めんどくさい」に打ち勝とうと、ブログで発信し、ペンタブまで買い、一回はできたものをアイコンにして「味がある」などと少し褒めてもらい続けられるはずだった漫画(というか絵)は2日でめんどくさすぎて何も活動しなくなりました。あんどれです

 

まずここの話をしないとさすがにあれかなと思ったので冒頭で触れさせていただきました笑今日はやっぱりギャンブル依存の話をしたくなったので久しぶりの更新です。

今後も色々なテーマに沿って自分の考えを発信していきたいとは思っています

今日は先日にミーティングでも扱ったテーマ、「回復」について私の考えをお話ししようと思います。先にお断りしておくと私の考えはあまり自助的ではありませんのでご了承ください。

 

 

回復とは

私の考える回復とは「ギャンブルを辞め続ける事」この一点です。私たちはギャンブルをしてしまうことで社会的な破綻を来す病気を抱えています。ならば、その回復はギャンブルを辞めることでその症状と結果を無くすこと、そしてそれを継続すること。とシンプルに定義しなければ何が何やら分からなくなってしまうと思っているのです。

 

みんなにとっての「回復」の定義はそれぞれ違う

各個人にとっての回復というのは本当にさまざまで異なります。

どのように違うか、というと多くの人は「ギャンブルを辞め続ける事」は大前提でその上で持続的な人格的な成長を、各々が人間として大事だと思う性質の(謙虚さや感謝などなど)成長を「回復」と定義しているのです。

そして各個人が定義する「回復」に含まれる重要な性質はギャンブルを辞め続けるためには重要なファクターであることは確かに間違いがないのです。

 

シンプルでない定義づけは人格批判を生む

ですが、ここでやはり一回冷静になって欲しいというのが私の今回の一番大きな主張なのです。ギャンブル依存症をギャンブルをしてしまい自ら破滅へと向かう病気と捉えるならば、その回復は「ギャンブルを辞め続ける事」と限局するべきではないでしょうか。

例え、ギャンブルを辞めたいと願い、結果辞め続けていることが出来ているその一人が傲慢で感謝を知らず、とても褒められたような人間性で無かったとしても、私たちの人格に対する価値観を基準にしてその一人の回復を批判するような事があってはならないと思うのです。

ギャンブル依存症を「病気」として扱う以上、回復の定義に人格が介在する余地はないのではないでしょうか?

(もちろん私自身は「やめてりゃそれでいいじゃん」といったような思考で禁ギャンブルに臨んでいるわけではありません)

 

ギャンブル行為を結果として捉える

私たちのギャンブル行為は私たちが抱えている多くのリスクファクター(人格や環境など)が重なり合って生まれてきた結果だと私は考えます。

だからこそ、人それぞれ自分が自覚するリスクファクターが違うためにそれぞれが定義する回復にも違いが生まれてくるのではないでしょうか。

裏を返せば、「ギャンブルを辞められている」もまた結果なのです。他人からは見えない因子が当事者の中で重なり合った結果辞めれているはずなのです、他人の回復が自分にとって全く理解が出来ない類のものであったときに、邪道な回復だと断じてしまうのではなく、必ず何か原因があってその人の脳にギャンブルを辞めるための良い影響を与えた結果だという視点をもってその回復をよく観察してみるという方が面白いし建設的だと私は考えます。

 

精神論にもちこみたくない

最後になりますが、私はギャンブル依存を病気だと考えています。だから、全般的にギャンブル依存と精神論を絡めるのがあまり好きではありません。(医学的に確かな治療法がない以上、実践的には根性で乗り切らなきゃいけない場面に多々遭遇するのはもちろん認めます)

依存症を精神論で語るのはナンセンスであるという認識がやっと少しずつ広まってきたこのご時世に私たち当事者同士がなぜお互いにこの病気について精神論のようなものをぶつけあわなきゃいけないのでしょうか。その必要は全くないと思いますし、せっかく世間が少しずつ持ち始めてくれた意識に私たち当事者がわざわざ水を差すような行為を私は辞めていくべきでしょう

当事者が精神論を振りかざしていたら世話ないです。

 

以上少し過激になりましたが私の「回復」に対する考え方でした。

「私の事を言われているのかも」とか考えないでくださいよw私は個人に対して言いたいことがあれば直接言うのでご安心を。

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「めんどくさい」に打ち勝つ

こんにちは、もう毎日ブログをアップすることはすっかり諦めてるあんどれです。

 

過去記事で数回触れてきたことですが、予定よりも少し時期を早めて、ボチボチ「めんどくさい」とたたかおうと思います。これまでも申し上げてきましたが

脱依存症のノウハウを使えば「めんどくさい」に勝てる

と、私は確信しております。今日はこれから始めようと思う活動と、なぜそのような事を考えたのかという事を書きたいと思います。

 

 

今回この行動開始を早めた理由

それは

女性を口説くも全くモテなかった

という事がきっかけとなっておりますw

いやはや男というものはモテたいと思った時に強いエネルギーを得るというのは何歳になっても同じなのかもしれません。

それにしても自分がこんなにモテないとは思ってませんでした、やはり30代にもなって何ももっていない男性というのは初対面の女性を口説くにはかなりハードルが高いみたいです。

 

「まともな人」になりたい?

そこでTwitterで自分の無力感とか、再び「まともな人」になりたがっている自分の救えなさを呟いたところ何人かの仲間から励ましとなるコメントをいただきました。

なぜ「まともな人」になりたい自分が救えないかというと、私が自分を見失ってギャンブルに狂ってしまった経緯に所謂「まともな人」という幻想にとりつかれて自分の人生における「熱」を無視してしまった、という事が関わっていると自己分析しているからです。ギャンブルで人生を滅茶苦茶にしてレールから降りた途端にまた「まともな人」になりたがっている、だから救えないというのです。

仲間からコメントをもらって再認識したのは、やはり「まとも」なんて存在するのかもよく分からない漠然としたものを、「人からどう見られるか」という事を気にして追い求めるよりも自分の「やりたいこと」をやったほうが良いということでした。

 

「やりたいこと」が無い

まぁこの問題は多くの人がぶち当たるでしょうが、私は解決策をしっています。

「別にやりたくもないこと」をやりまくって、その行動から好子を一杯受け取って、その行動を強化しまくる事で「やりたいこと」に変化させる。

順番が逆なんですね。

「やりたくない事」をやりまくるのは凄まじいエネルギーが必要なのに加えて、その行動から好子を得るという必要性もあるので、まずはその環境を用意するのが得策だと思います。

あとはその行動をするために必要なコストも低くする必要がありますね。嫌子もなるべく排除していかないと。

ちなみに私が始めてみようと考えたのは「漫画を描く」です。

 

なぜ「漫画」なのか

これはですね、特に理由がないんですww

だって「やりたいこと」がないんですから。

まぁでも強いて理由付けするなら

私はやっぱり頭を使ってなんぼの人間だと思ったということ、漫画だってストーリーを考えたりしないといけないし、頭を使っている時の方が自分らしいと思えるという事がまずあります。

「漫画を読む」事が昔から大好きだからというのもあります。面白いことも好きです。SNSも好きになりました。色々な事と相性がいいというのも言えますね。漫画自体はそれほど評価されなくてもイラストをつける事で発信力のアップに繋がったりもするでしょう。

もちろん面白いものが描ける日がきたらどれだけ気持ちがいいだろうという思いもあります。

あと「売れたらどうしよう」って考えることが最強に脳汁が出るってのもありますw

 

とは言え、めんどくせぇw

想像しただけでもおぞましい「めんどくささ」ですww

とりあえず、このブログで宣言することによって

漫画を描かない事=「口だけ野郎」になる、という嫌子を作ってみました。

漫画を描いている方に失礼のないように言うと、私の技術0から始めることがめんどくさいっていう感じなんです。私は小さい時から今に至るまでずっと、漫画を読むのが好きで人の何倍も漫画を読んでいますので「漫画を描く」という事自体は尊いと思っています。

あと依存症のTwitterのフォロワーの皆さんはまぁ大変優しい方々なので僕が漫画を描いてアップし続ければイイねボタンを押してくれると思います。まずはそこで好子を貰う作戦です笑

道具なんかも買い揃えて家に帰ってきたらスッと始められる環境を作ってみようと思います。(行動コストを減らす)

あとは重い腰をあげて最初は無理してでも継続してみます。

 

ブログを確認のために読み返したら

アップする前に確認のため読んでいたら、「女にもてたいから漫画を描く」とかいう訳の分からない展開になってた(爆笑)まぁこれはこれで面白いのでそのままにしときます。モテから遠ざかっているのにも程がありますねw

一応言い訳をしておくと、あまりにモテなさ過ぎて自分を見つめ直した結果、やっぱり自分の「やりたい事」を見つけたいから活動(=漫画)を初めてみるという話なんです

 

追記

何を始めるかで「プログラミング」と「漫画」で悩んだのですが、SNSで好子を得るという点で漫画の方が圧倒的に良さそうだったので漫画にしてみました。

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夜中の独り言

現在夜中の3時半です。お酒を飲んでから寝たのに変な時間に起きてしまいました。二度寝をしようにもなんとなく寝付けないので、パソコンを起動した次第です。

この記事はなんとなくギャンブル関連で普段考えていることを殴り書きしていく予定なので特にタイトルもないですし、記事全体としてまとまりもないと思いますがよろしくお願いいたします。

 

 

ギャンブル依存症の負い目 

先日の記事でも書いたのですが、いくらギャンブル依存症が病気だとは言っても「ギャンブルをしたら爆発する首輪」のようなものを付けられたならばその日のうちにギャンブルを辞めることができるはずなんですね。

病気だっていうなら首輪つけられても「ギャンブルがやめられない~」って言いながらパチンコ屋にフラフラ入っていって自爆するべきじゃない?

って当事者の僕も自分を責めたくなるし、「ギャンブル依存症は甘え」と主張したい人々にとってもこの辺りの話に違和感を感じてるんじゃないかなと思います。

だって高血圧の人に収縮期血圧が140を超えたら爆発する首輪をつけたらそのまま140を超えて爆発しちゃうでしょ?病気ってそういうもんじゃない?みたいなね。

 

まぁそうは言っても

そんな首輪を付けるわけにいかないですからね。こんな現実的でない物を引き合いにだして実際に生活に支障をきたしている人々を放置して非難する訳にもいかないでしょう。

そんな経緯でギャンブル依存症というのはWHOに疾病と認定されたのではないでしょうか?まぁある種の優しさですよね。

 

私の仲間意識

ちょっと話は変わりますが私の仲間への意識を書きたいと思います。ここでいう仲間はギャンブル依存からの回復を目指すみんなです。

私がTwitterや自助で仲間に求めていることは私の依存症からの回復のための活動の「好子」となって貰うことと、くじけそうな時に「支え」になって貰うこと、他にも様々な考えのきっかけとなって貰うこと、など色々です。

ここで断っておきたいのが

仲間に求めているといっても具体的に何かをしてほしいという事ではなく仲間の存在そのものが私に多くの物を与えてくれているという事です。

個性的な人が多いし、みんなが自分の好きな事をやっているのを見るのが好きです。

裏を返せば、私も何か具体的に"仲間のために”アクションを起こすっていう事はしない。あくまで自分が楽しいからやってるし、飽きたらやめるってスタンス。

滑ってることも多々あるけど私は笑えることが好きなのでTwitterでもツイキャスでも基本的にずっとふざけています。(真面目なのはブログぐらい)

私がこれだけ楽しませてもらっている事は逆に私も誰かの回復の好子になってるっしょ(多分)

 

あともう一つの私の仲間意識の重要な点として

「存在に救われる」

っていうスピリチュアルな助け以外のリアル?な助けっていうのは求めても無駄だし与えることも無理(あるいはかなり難しい)って考えているというのがあります。

例えば仲間になにか悩みを打ち明けることそれ自体で自分がスッキリしたり、救われるのは大いにアリなんだけど、その悩みそのものを解決してもらうのは難しいって感じですかね。

だから私はTwitterでも自助でも基本ずっと言いっぱなしの聞きっぱなしを貫いているし深入りもしない感じです。

「仲が良くなる」って意味でドンドン関係が深くなるのは大歓迎ですけどね。

 

トークがうまくなりたい

もう4時半ですよ、つらつら殴り書きするスタイルも悪くないですね。

最近ツイキャスにはまりだしてるって事です。まだ何回もやったわけではないので放送するたびに脂汗をかきながらモゴモゴ喋っています。

うまくなりてーなー

 

最近脳に飽きている

いや、飽きているっていうと語弊があるんだけど、自分の中ではもうこの考えが確立できていて「自分が実践する」という点ではこれからもずっと続けていきます。

ただもう発信するのはいいのかなーって思い始めています笑

自分の中では結構自身があるんだけど、医学的に正しいかって言ったら別にそんな保証はないし、行動分析学の本とか脳科学の本を読んで自分で考察したことだから目新しくもないですしね💦

 

終わり

1時間も自分の考えをアウトプットしたら大分スッキリしました。

このブログも収益化とか今のところ全く考えてないのでついにこんなメモ帳みたいな使い方までし始めちゃって・・・

まぁいっか

二度寝します。

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パチンコ屋に入ったら死んじゃう装置

久しぶりにブログを更新する気になったあんどれです。

今日はギャンブル依存症界隈ではよくでるワード「底つき」について書きたいと思います。ギャンブル依存症当事者が金銭や精神的な面で本当に逃げ場がなくなり、全てを観念して回復に向かい始める瞬間を我々の間では「底つき」と表現することがあります。)

そして、今日のタイトルですが、これは先日私が放送したツイキャス内で仲間と底つきについて会話している時に出てきたワードですw

※これは私が勝手にその場で思いついたワードです

その放送内で仲間にそれでブログを書いてみてよと茶化された事に加えて、よくよく考えてみると「底つき」を考察するには中々どうしていいワードじゃないかと我ながら感心したのでこのようなタイトルになっております。

 

 

「底つき」の瞬間は人それぞれ

仲間の話を聞いていても「底つき」というか「これ以上はヤバい」という事に気付いて回復への道を歩みだすタイミングというのは本当に人それぞれです。

私の様に債務整理がきっかけの人から、借金額がだんたんと膨らんできて自分の中での「ヤバい額」に達した時、親など家族に泣かれたとき、借金をしそうになった時。

などなど、本当に人それぞれな体験談を耳にします

何故このような個人差が出るのかというのは大変興味があります。

 

私の場合は債務整理だった

私の経験での底つきは債務整理で弁護士に相談をしにいったことでした。

なぜ、この行動が底つきに繋がったのかと言うと。それまでの私は借金に借金を重ねての自転車操業の繰り返しだったり家族の肩代わりであったりと、決して許されない方法ではありましたが借金を踏み倒したり、返済ができないという態度を債権者に表明したことがありませんでした。

というより、怖くて怖くてそれができませんでした

相手を怒らすのも怖かったし、借金を踏み倒すのだけはしないやつだと思われたいという変な見栄も大いにあったからです。

弁護士に依頼をして代理人として間に入ってもらうという事は、私にとって一番恐れている相手を怒らせる行為です。

それまで親に迷惑をかけ友人に迷惑をかけ、なんとか取り繕ってきた借金にまつわる体裁がここで一気に崩壊したのです。

今回債権者に受任通知を送った私の弁護士は大変いいひとではありましたが家族ではないので私がまたギャンブルを繰り返すようなら即担当を降りてしまうだろうという事が私の中ですぐに理解ができました。

債権者に返せないという意思表示だけした後に弁護士に降りられてしまったら私は完全に無防備になります。

この弁護士が降りてしまうかもという恐怖を感じ取った時にやっと、初めて本能のレベルまで

「ギャンブル行為=自分の身の破滅」

という図式が私の中に刻み込まれたのです。大変身勝手なタイミングですけどね

 

パチンコ屋に入ったら死んじゃう装置

ここで、もしこの装置があったらという事を考えてみましょう。

漫画の「バトルロワイアル」よろしくギャンブル場に入場した瞬間に爆発する爆弾付きの首輪をつけられたと仮定します。この様な状況下では

「病気だからギャンブルがやめられない~(*_*;)」

などと抜かしていたギャンブラー全盛期の私をもってしてもその日のうちにギャンブルを断ち切れていたという強い予感があります。

「ギャンブル行為=死」という図式が脳内ですぐに理解できるからでしょう。

 

で、ここで肝心な事は、依存症当事者にとっては、爆弾なんかをつけられなくても「ギャンブル行為=身の破滅」という図式は理性の中では分かっていることなんです。

この知識がないから辞められないというわけじゃないということです。

知識というレベルを超えて、この図式への理解が脳内の本能の部分までぶっ刺さる体験が「底つき」なのではないでしょうか。

そう考えると爆弾なら辞められそうだなとも思いますよね。脳内にぶっ刺さるには十分すぎるぐらいリアルですもんね、爆弾www

 

「底つき」の個人差の原因

私は「底」の深さの違いに注目してみました

私ならばギリギリまで守ってきた体裁と見栄が崩壊したとき。

「借金」だけはしちゃいけないという強い価値観を持ってきた人は借金をする直前

消費者金融以外(闇金など)からだけは怖くて借金しちゃいけないと考える人は融資限度額いっぱいになった時。

一例ですが、このような違いがあります。この違いはその人が育ってきた時から受けてきた教育や経験によって現れるのではないでしょうか。

この「底」の深さの違いが、ギャンブルによって引き起こされた痛手がその人の脳内の深層部分にまで刺さるかどうかという点で個人差を生むのだと私は考えています。

「底」は浅ければ浅いほどいいですよねぇ。私の「底」は深すぎた、、、

 

底なんかつかない方がいいけどね!

ちょっと前までは「底つき」は必須の体験だと言われていたみたいです、最近はそうでもないらしいですが

私も「底」なんてつかないに越したことはないと思っています。私ぐらい底が深いと取り返しがつきませんからね(笑、、、えない!)

ギャンブル依存症を病気とするならば、

やっぱり対策は医療の基本中の基本、予防!!ですよ。

ギャンブル依存症の認知度が世間的にもっとあがって、気軽に「あなた依存症になりかけてるんじゃない?」なんて周囲が声掛けしあって早期に対策できる環境になればいいなと思います!以上です。

 

おまけ

仲間から聞いたパワーワード

「底を掘る」・・・当事者も底をついたと思っていた状態から、さらにその先の深みにはまっていくこと。

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まだ衝動で消耗しているの?~衝動に関するあれこれ~

はてなブログでのブログ仲間の宮園クランさんの最近のショートショート形式のブログを見て、うわ~楽そう(*'▽')と羨ましく思っていたのでさっそくパクろうと思っているあんどれです。(ブログのタイトルはもちろんパクりだし色々大丈夫か不安)

 ↓宮園クランさんのブログです、リンク張るから許して下さい♪

このブログについて - 雑魚リーマンがギャンブル依存症を克服する為のブログ

 

今日は私が普段から衝動に関して考えていることを特に起承転結もつけずにつらつらと項目ごとに短めに書いていこうと思います。

 

 

衝動におそわれている時はIQが20下がる説

みなさん経験があると思うんですけど

衝動がやってくる時ってそれまで冷静な時には分かっていたことがことごとく頭の中から抜け落ちます。

まぁIQ20ってのはテキトーに書いた数字ですけども、衝動に襲われてる人間って控えめに言っても大バカ者になってると思います。

んで、これは僕の推論なんですけど、

脳内で理性を司る部分と衝動を司る部分てのが分かれているとして、この二つの部分てそれぞれが興奮してるときはもう一方を抑制してるんじゃね?

って思うんです。というのもテストや仕事にもの凄く集中してる時ってギャンブルの衝動とか性欲とか全然感じないんですよね。

衝動が無いときにギャンブルをしちゃいけない理由がわかるなんて当たり前だから、衝動が来た時には自分の頭が猛烈に悪くなるって事を事前に把握しておいて心の準備をしとくのが大事なんじゃないかな~

 

衝動って凄いバカ

衝動ってIQが低いので一生懸命考えて用意してくる理由がめっちゃバカです

ギャンブルを辞めようとしてるのに

「今日一日だけ1万円だけやってまた辞めればいい」

みたいなね、一見それっぽいですけど冷静な人が聞いたら何が「いい」のかさっぱり分からない幼稚な理屈がでてきます。だから、ちゃんと自分の中で湧き上がった行動の理由に耳を傾けるとその理由の出所が依存症が原因の衝動なのか、自分の理性が考えたものなのか簡単に見分けがつきます。

ダイエットしてても謎理論で食べてもいい雰囲気の言い訳を考えちゃいますよね。

 

脳内に関所を

衝動と理性を見分けるのは習慣さえ作れば難しい事ではないです。

全ての衝動を実行していたら社会的に破綻するし、逆に全ての衝動をシャットアウトしてたら人生が楽しくありません。

何か行動の理由が脳内でできたらそれが衝動から来てるのか、理性からきているのかを脳内で1秒でも考える癖をつけると良いと思います。

脳 「コーヒー飲みたい」

関所「通し!!」

脳 「寝たい」

関所「通し!!」

脳 「ブログ書きたい」

関所「ぶっ通し!!!!」

脳 「ギャンブルしたい」

関所「ロン!ロン!ローン!!!!そいつは通さねえよ」

こんな感じ、、、(片山まさゆきfeat.福本伸之)

 

禁煙が上手くいってるのは脳内の関所ができてたから

私はギャンブル依存と向き合ってきた期間があるので、衝動を止めるという行為はもう長い間反復してきました。この反復によって衝動を脳内で一回ストップをかけるという回路が出来てたっぽいです。自分でもびっくりするぐらい禁煙が捗っています。

自己改革、いつもと違う事をする。

衝動のままに行動するのと、生活の中でいつもの惰性で行動するのって本質的に同じような気がするんです。

だからいつも惰性でしている行動に一度ストップをかけるという行為を反復し続けると脳内にその回路ができあがるんじゃないかな~と思っています。

例えばいつも買っているコーヒーの銘柄を変えてみるとか。

私は出来の良い人間を多くみてきましたが、やっぱり出来の良い人って惰性で行動してないなって思います。

 

以上です。やっぱりこの形式はいいですね(^^♪ 一つの記事に書くほど考えがまとまっていないものでも、ショートショート形式という免罪符を得れば思いのままにかけました。

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ギャンブル依存からの回復方法の再現性

 

今日はギャンブル依存からの回復方法の再現性について書きたいと思います。

再現性と言っても、多くの専門家が日夜研究を重ねても確固たる治療法がないのがギャンブル依存の現状です。ですので、本当の意味での治療法の確立というのは今後も専門家の方にお任せするしかありません。

この記事では私が回復の一歩目を踏み出した時の気持ちを思い出しながら、科学的に証明された「再現性」ではなく、これからギャンブル依存症と向き合う当事者が「私も回復できるかも」と主観的に「再現性」を感じるにはどうすればいいだろうかという事を考えたいと思います。

 

回復のスタートは真っ暗闇の中で一歩踏み出す感覚

ギャンブル依存の克服を決意した私はまず書籍やインターネットでギャンブル依存症に関わる情報を集めました。

するとギャンブル依存の体験談などの情報は多くあるものの、実際に取り掛かれる治療への選択肢というものはあまり多くないことが分かりました。

・入院・通院・自助グループ・ワンデーポートなどの施設に入る

主だったのものはこの4つで、この中から選ぶことになります。(私は既に自力で治すことは諦めていたので自然とその選択肢は私の中にありませんでした)

どの方法も治療として絶対に正解とはいえないのが現状です。それでも私はとにかくこの病気から立ち直るしかありませんでした。効果があるのかないのか分かりませんでしたが、藁にもすがる思いで自助グループとギャンブル外来に行くことをきめました。

それは暗闇の中で道があるかも分からないまま一歩目を踏み出すような心境でした

 

先行く仲間は希望でもあるが遠すぎる光

私はGAで多くの先行く仲間に出会いました。彼らはミーティングのたびに楽しそうにジョークを飛ばしあい「GAに繋がってギャンブルを辞めて本当に良かった」とみんなが笑顔で口にします。そんな彼らの姿は当時の私にとっては希望であったのと同時に遠い存在でもありました。

なぜなら

私はまだまだ借金の問題がどうなるかも分からず、彼らと比べて額も全然大きい。仕事もない、お金がらみの人間のトラブルも抱えている。心の拠り所となるパートナーも失っている、、、などなど言い出したら切りがないですが、要は

抱えている問題が人それぞれ違い過ぎて、彼らが回復したことと私が回復できるかどうかは全く別問題だと感じたからです。

前項の暗闇の例えに戻るならば、「暗闇の中遥か彼方で先行く仲間が小さな光を示してくれているものの、依然として自分の足元は真っ暗なままで彼らが歩んだような道が自分の前にもあるのかどうかは分からないまま」だったのです。

 

私にとっては脳を主体に考えることが唯一の道しるべだった

ここでお得意の脳の話に戻ります笑

私は個人間でこれだけ環境が異なっているのにそれをみんな一緒にして、GAで分かち合いをして治すという程度の理屈では到底納得がいきませんでした。

それでも、多くの書籍を読むうちに脳を主体にして考えていくと驚くほど自分の中で回復への道筋が見えてきたのです。

脳にだって個体差はあると思いますが、生活環境ほどではないと思えました。個人個人の生活の事情を飛び越えた部分で客観性を感じ、この方法なら「私も回復できるかも」と再現性を感じることができたのです。

やっと自分の足元の歩む道が照らされたような思いでした

 

自分の中で納得のいく回答を探す

私が脳について考えたことが正しいから道しるべになったとは私は考えていません。ただ、自分の中で納得のいく方法をみつけ今後の道が私の中で明確になったことは私の回復を大きく進展させました。

また仲間に回復を促すときなどに本人が納得しないまま方法を押し付けるのもあまり効果がないんじゃないかなと思うのでどうやって仲間に「再現性」を示してあげるかという点でも今後注意が必要かなと思っています。

私が正しいとは言いませんが、心とかあやふやな言葉で悩むより、脳を主体で考えるってより客観的じゃありませんか?よかったら私のブログを読み込んで一緒に脳信者になりませんか(宣伝です笑)

読書はいいですよ

過去記事にも書いてますが私がこのような考えに至ったのは多くの書籍のおかげです。

 

gamble-addiction.hatenablog.com

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スーパーファミコンミニが買えなかった話

 

2日前にアクセス数が落ちたため脳汁が出ずに短めの記事を書いたところ、さらにアクセス数が落ちたために昨日は記事の更新をサボるという分かりやすいあんどれです。

今日の記事は、毎日出来る安上がりな趣味を見つけたいと考え、リサイクルショップにスーファミのミニを買いに行くも

1時間迷った末に結局買えなかったという

経験から考察した話を書きたいと思います。

 

お金の使い方が分からない

ギャンブル依存症から回復を目指す人の間では、もはやあるあるネタと言ってもいいくらい多くの人が言うのは「お金の使い方が分からない」です。

私の場合はもっと言えばお金の価値がよく分からなくなってしまっている状態です。

私は破産までしており、給料も安いので当然裕福ではないのですがそういった事情を差し引いても、レジャーや商品に対して自分が出していい金額が見当もつかないのです。

500~1000円くらいなら、ものは試しと使ってみることもできますが数千円ぐらいになってくるともうダメなんです。その数千円を使って全くの無駄だったとしても、生活費がなくなるとかそういった状況ではないのにも関わらずです。

 

行動パターンの仕分け

私は依存症と向き合いだしてから、自分の病気の正体を突き止めたいという思いがあり、様々な事を考えています。その考察の一つに行動パターンを仕分けるというものがあります。

今回スーパーファミコンミニを購入できなかったという事実と私が普段から実行している行動とを比較するためにこの仕分けを紹介します。

 

衝動の有無と実際に行動を起こすかどうかで4パターンに分けてみました。

1衝動も伴い実行する 例 食事 買い物 飲酒 コーヒー 睡眠 Twitter 漫画など

2衝動は伴わないが実行する 例 出社 洗濯 掃除 ブログの更新 家計簿 など

3衝動はあるが実行しない(あるいはできない) 例 ギャンブル 喫煙 高級な飲食 性行為 など

4衝動も伴わないし実行しない(あるいはできない) 例 勉強 ジョギング 筋トレ など

 

こうして並べてみると衝動が伴うもの1と3の項目にくる物の多くは人間の3大欲求や依存性物質に関連していますね

買い物依存やセックス依存などのように依存症という名前のつくものが多く並んでいます。

1では生活に必要な物が多い他、Twitterや漫画といった私が何度も繰り返して実際に楽しめたという成功体験が伴うものが入ってきます

2では生活に必須な物(実行しないと強烈な嫌子が現れる)に加えて私が意図的に反復を繰り返しみにつけた家計簿などがはいってきます

3に関しては衝動をコントロールしてやめているか、物理的に実行不可能なため行えていないものがあります。

4はその他すべてがあてはまるのですが、理性の部分では実行したほうが良いと思っているのにも関わらず実行していないものにあえて限局しました。

4の実行しない理由は明確で「めんどくさい」からです。過去記事にもありますが「めんどくさい」に対しては私は強い目標を持っています。

 

gamble-addiction.hatenablog.com

 

仕分けする理由と仕分けによって見えてくる物

私がこういった仕分けをする理由は大きく分けて二つあります。

しない方が良い行動を抑制し、本当は行動したほうが良いことを実行するためです。

仕分けによって見えてくる行動の有無にある背景を箇条書きしてみます

実行すること

衝動がある 生活に必須(環境がそうさせる) 反復によって習慣化されている 実行の有無によって嫌子か好子が発生する 過去に成功体験がある

実行しない事

めんどくさい 衝動をコントロールしている(あるいは衝動がない) 生活に必要がない 習慣化されていない 過去に成功体験が無い 

このように分類すると今回ゲーム機が買えなかった理由が分かってきます。

長年ギャンブルにしか関心が無かった私にとってゲーム機を買うという行動は成功体験もないし習慣化されてもなく生活に必要でもない事柄だったんです。

これじゃ7000円というお金を払ってまで実行できるわけがありません。

ギャンブルしかしてこなかった人達の多くが他の趣味をみつけられないのはこういった行動抑制が背景にあるのだと私は考えています。

今後の行動目標

このような考察から

「何かを実行するためには最初は無理してでも始めてみて、反復することで習慣化しさらに成功体験を積み上げるというプロセスが必要」

だという事が見えてきたのですが今回の事に関してはテレビゲームだったので、そんな努力してまで実行する必要もないと感じたので却下しました(笑)

私は現在無趣味の状態で何かを始めるには良いチャンスだと思っています。自問自答を通して最初は実行しないブレーキが脳内にあることを自覚できました。意図的にこのブレーキを突破する意識を持つことで色々なことにチャレンジしていきたいと思います。

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